彼はユーモラスで面白い人でしたが、別人のようになった時期があります。ある日、帰宅して背広を畳にたたきつけているところを見てしまい、見てはいけないものを見た気がしました。
それで会社の人にこっそり様子を聞くと、好きでもないのにタバコをひっきりなしに吸っている、と。確か『週刊文春』の編集長をしていた時代です。
週刊誌は人のスキャンダルも書かなければいけないし、相当ストレスが溜まっていたんじゃないかしら。追い詰められた彼が何かのはずみでビルから飛び降りでもするんじゃないかと、気が気ではなかった。
でも、「どうしたの?」と聞ける状態ではありませんでしたね。私に口をきかなかったり、自分でも理不尽な振る舞いをしているとわかっているだろうから。
あの時期の私たちは、危機的でした。結婚というのは、常に平穏というわけにはいかないものですね。
そんな時期が1年半か2年くらい続いたでしょうか。気づいたら、元のあの人に戻っていた。『文藝春秋』編集長にもなって、松本清張さんや司馬遼太郎さんなどとの仕事のほか、「歴史探偵」を名乗り作家活動に打ち込んでいました。
会社をやめて、物書き一本でやっていく肝が据わったんだと思います。