(写真提供:Photo AC)
現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部が書き上げた『源氏物語』は、1000年以上にわたって人びとに愛されてきました。駒澤大学文学部の松井健児教授によると「『源氏物語』の登場人物の言葉に注目することで、紫式部がキャラクターの個性をいかに大切に、巧みに描き分けているかが実感できる」そうで――。そこで今回は、松井教授が源氏物語の原文から100の言葉を厳選した著書『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』より一部抜粋し、物語の魅力に迫ります。

桐壺院の言葉

<巻名>葵

<原文>女の恨みな負ひ(い)そ

<現代語訳>女の恨みを受けてはいけないよ

六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)は、皇太子妃となり娘までもうけた身分の高い女性でした。ところが皇太子は、即位することもなく、早くに亡くなったのでした。

その後、六条御息所は、源氏の求愛に応じて、年上の愛人のような立場にありました。

しかし源氏の訪れも途絶えがちになったため、もはや源氏の愛情も長くは続かないだろうとあきらめた六条御息所は、娘が伊勢の斎宮(さいぐう)として都から下るのに付き添って、この地を去ろうかと迷っていました。

この噂を聞いた桐壺院は、源氏に厳しく忠告します。

「相手に恥をかかせることなく、どなたをも傷つけることのないように、穏やかに交際しなさい、女の恨みを受けてはいけないよ」。

おそらく桐壺院には、多くの女性たちのなかから、桐壺更衣(きりつぼのこうい)ひとりだけを愛したことによって、後宮の秩序を乱し、やがては桐壺更衣も失ってしまったことへの後悔があったのでしょう。