姫君の飾らない心

頭中将は「わたしにはいま身近に召使う者もいないので、あなたにそのお役目をとも思ったのですが、さすがにそういうわけにもいきませんので……」と、本心とは裏腹に、いかにも思いやっているような挨拶をします。

すると近江の君は、「いえいえ、どうぞおかまいなく、トイレ掃除だって、なんだっていたしますわ」と応(こた)えます。

『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』(著:松井健児/中央公論新社)

はなはだ姫君らしくない言いまわしですが、近江の君のけなげさがよくあらわれた言葉です。

近江の君は、頭中将に熱意を伝えようと一生懸命なのですが、それが上流社会の常識からはずれてしまっていることに気が付きません。

頭中将は、こらえきれず大笑いして「それはあなたには、ふさわしくないお役目でしょう」と、娘であるにもかかわらず、最後まで軽んじる態度は変わりません。

もっとも、読者に笑われるのは、最初は近江の君かもしれませんが、じつは、その近江の君を笑う女房たちや頭中将こそが滑稽なのだと語り手は述べているのです。