絵を描くようになったのもこの頃です。英語学校で使う教材の絵を描いていた人が退職したのを機に、少し絵の描ける私が後任を頼まれて。

そのうちに出版社に勤めていた友人の紹介で、雑誌や単行本のイラストを描くようになりました。英語学校は辞め、イラストレーターとしてなんとか暮らしていけるようになったのです。

絵が鍛えられたのは『サンケイスポーツ』で漫画ルポを週に一度担当したからだと思います。当時は写真のほうが高価だから、記者と一緒に全国を飛び回って取材相手のイラストを描いていたんです。

なにせスポーツ紙ですから、いかがわしい場所にも行きました。女の人がふんどし姿で男性を接待するふんどしパブとか、SMショーにも行きましたよ。たぶん私は好奇心が旺盛なんでしょうね。そういった仕事も、けっこう面白がってしまう性格です。

気がつけば、こうしたイラストの仕事を始めて8年が経っていました。そんな時にダンナが病気を患い、それをきっかけに、ずるずると働かなくなってしまったんです。しかも、働かないのに外に女をつくる。もう、漫画の題材にもならないようなダメ人間で。(笑)

よく、「結婚してないんだから別れればいいじゃない」と言われたのですが、どうして別れなかったのかと自分でも思います。「なんでこの人、こんなことできるんだろう」「へぇ~、不思議な人だなぁ」と目を見開いて観察しているうちに月日が経ってしまったんです。

話を戻すと、そんな《ヒモ様》に介護が必要になり、医療費を私がすべて払っているのに、夫婦じゃないからって医療費控除が受けられない! かなり頭にきたので、60歳の時に婚姻届を出しました。そんな夢のない結婚です。

後編につづく