いろいろな感情が織り交ざって
下重 はい。誰かの手を借りるのではなく一人で生きていく。そういう選択肢だけは失ってはいけない、と自分に言い聞かせたんです。母に対しては内心、「あなたは父のもとを去れないでしょう? 収入も断たれてしまうしね」なんて思いもあった。
秋吉 表面上は、家族という呪縛にとらわれた理不尽な関係にみえたかもしれないけれど、大人の男女の愛だった可能性も……。
下重 そうであったと信じたいです。両親は互いに依存しあっているようにもみえましたが、私はまだ子どもでしたからね。
秋吉 大人でも世の中、わからないことだらけ。
下重 本当に。母は再婚すると決めた頃から、武士の妻のように腹を据えていたようです。
なにしろ相手は軍人なので、いつ戦場に行くかわからないし、二度と戻らないかもしれない。お腹の底では、いろいろな感情が織り交ざっていたでしょうね。
※本稿は、『母を葬る』(新潮社)の一部を再編集したものです。
『母を葬る』(著:秋吉久美子、下重暁子/新潮社)
「母の母性が私を平凡から遠ざけ、母の信条を大胆に裏切る土台が出来上がってしまった」(秋吉)。
「30年以上、一度も母の夢を見たことがない」(下重)。
過剰とも思える愛情を注がれて育ったものの、理想の娘にはなれなかった……
看取ってから年月が過ぎても未だ「母を葬〈おく〉る」ことができないのはなぜなのか。
“家族”という名の呪縛に囚われたすべての人に贈る、女優・秋吉久美子と作家・下重暁子による特別対談。