親を看取る時が訪れたら…どのように受け入れ、それから先の人生を歩んでいけばいいのでしょうか。年月が過ぎても「母を葬(おく)る」ことができないのはなぜか。女優・秋吉久美子さんと作家・下重暁子さんが“家族”について語り合った『母を葬る』より、一部抜粋してご紹介します。お二人が幼少期に見ていた、母の姿とは――
二人のマサコさん
下重 秋吉さん、お母さまとのご関係は?
秋吉 物心ついた頃から親友みたいな関係でした。ろくにけんかしたこともなくって。
下重 にわかには信じがたい。
秋吉 母は「まさ子」というのですが──。
下重 えっ、うちの母も同じ名前よ。“みやび”に子どもの子で「雅子」。
秋吉 こんな偶然ってあるんですね。
私の母は何度か表記を変えているんですよ。最初は「正子」でした。でも“正しい子”だとどうも名前が強い。第一子の私を産む時に二晩もかかってとても苦しんだので、字画がよくない──と判断したみたい。それで、一時期は下重さんのお母さまと同じ、雅やかな「雅子」だったんですよ。その次は、ひらがなで「まさ子」。どうも、父と私が険悪な関係になるのをみて、おだやかな字面にしたみたいなんです。
下重 そんな経緯があったんですね。