『大浮世絵展』での職人技の実演
かつて大阪の総合印刷会社でアートディレクターをしていた私は、クライアントの美術館が開催した『大浮世絵展』で、東京から招いた摺師(すりし)の方の実演を見て、初めて浮世絵版画が摺られていく工程を知った。
摺師の方が話される様子は、下町の職人言葉で時代劇そのもの。江戸っ子口調で、絵具や馬連(ばれん)の作り方、ドーサ引きの方法などを解説しながら、喜多川歌麿の「ビードロを吹く女」が摺られていく。
そのさまは「これぞ職人技!」と思える鮮やかなものだった。
何色摺り重ねても色がずれない。そうした摺師の仕事もさることながら、1ミリの間に3本という、女性の髪の生え際の細かな線を彫り残す、彫師の超絶技巧にも痺れた。
また絵師は「下絵」と呼ばれる墨一色の線画だけを描く。あとは朱墨で色指定するだけだ。フルカラーの絵を描くわけではない。このことも、目から鱗であった。
美大出身ということもあり、「錦絵」(多色摺の浮世絵のこと)が「木版印刷」であることぐらいは理解していた。だが、現在の木版画家の制作工程のように、作者がカラーで完成図を描き、自身で木版画作品を仕上げるものだと思い込んでいた。
従って、図柄を決めるのも、仕上がりをチェックするのも浮世絵師本人だろう、と。ところが調べてみると、そうではなかった。
錦絵のテーマを決めるのも、浮世絵師に依頼するのも、彫師や摺師を選定するのも、出来上がった錦絵を販売するのも版元の仕事だったのだ。
つまり、浮世絵師が腕を振るえるかどうかは版元しだい、というわけだ。