角野さんがいつも持ち歩いている手帳には、物語の種となるスケッチやいたずら描きが

苦しい気持ちにならないために

やっぱり私の心が一番安定するのは、物語を書いているときです。作品は楽しい気持ちで書かないと、読んでいる人も楽しくないんじゃないかしら? 作家さんのなかには苦しんで書く人もいるみたいだけど、そう見えても、苦しいのが楽しいのではないかしらって思います。

もちろん私だって、なかなか書けなくて苦しいときもありますよ。ただ、私の信条は、締め切りを作らないこと。書きあがったら出版社に持っていくというスタイルをずっと続けてきたのは、苦しい気持ちにならないようにするためなの。

それに私はこう見えて、とても心配性。約束しておいて書きあがらなかったら、多くの方に迷惑をかけるに違いないとか、いろいろ考えてしまうんです。それがプレッシャーにもなりますしね。

だから連載の仕事はなるべく引き受けないようにしていますし、仮にお受けした場合でも、締め切りの1週間前に終わらせるようにしています。

私はストイックな人間ではないから、人と会ってごはんも食べたいし、映画にも行きたい。だから、偉そうに聞こえるかもしれないけれど(笑)、自分の時間は自分でマネージ(管理)したいと思っているんです。その根底には、《自由な精神でいたい》という気持ちがあります。

私が10歳のとき、終戦を迎えました。戦争中は我慢、我慢で、いろんなことを締めつけられたけど、軍国主義教育を叩き込まれていたから、当時はそれが当たり前だと思っていたのね。

ところが戦争が終わり、私たちを縛っていた糸がほどけて、新しい文化や自由な空気がバーッと入ってきたとき、自分たちが信じていたものとは違う世界があるんだということに、すごく衝撃を受けたんです。