思い込みを打ち砕かれてきた人生だった
それでさらに困ってしまった。本のタイトルのせいで「著者は話し上手だ」と誤解されたのだ。テレビ番組に呼ばれたり、講演を任されたりしたのだが、相変わらず会話は苦手。そもそも他人とコミュニケーションするのも好きではなかったが、そうした仕事をこなしているうちに、それなりに話せるようになっていた。
予備校講師になる前の、むっつりした顔をして人の陰に隠れ、ぼそぼそと喋る私は、周りから「感じが悪い」と言われていた。そのせいだろう、就職試験の面接では50回以上も落とされた。昔の知り合いは、いまの私に驚くだろう。いまでも感じのよい明るいキャラクターとは思わないが、それなりに円滑なコミュニケーションをとっている。
私の場合、「自分はこんな人間だ」という思い込みを打ち砕かれてきた人生だったといえる。それは私だけではないだろう。多くの人が思い当たるはずだ。
※本稿は、『70すぎたら「サメテガル」: 「老害」にならない魔法の言葉』(小学館)の一部を再編集したものです。
『70すぎたら「サメテガル」: 「老害」にならない魔法の言葉』(著:樋口裕一/小学館)
現役時代は「旗幟鮮明」を求められて生きてきたが、リタイア後は多くの場面でその姿勢は必要なくなる。
それどころか、過去のやり方、考え方、振る舞い方に拘泥しすぎると、「老害」扱いされかねないこともある。
そうならないための魔法の言葉、それが「サメテガル」である。