切腹せずに逃げた家臣は、どう思われたのか

こうした記述においてとくに注目すべきは、これらの切腹が命じられたものではなく、各人が自発的に選択している点です。主君や同僚の死に殉じる形で、次々と自害を選択していく様子が伝えられています。

一方、自害せず屋敷から逃げた家臣もいました。「忠興公譜」には、次の通りに記されています。

忠興が「稲富伊賀はどうしたのか」と尋ねられると、「逃げたとも、切腹したとも聞きましたが、確かなことはわかりません」との回答があった。

すると忠興は、「きっと逃げたのだろう。縁の下や便所に隠れるような卑怯者でもなければ、助かる見込みがあるときに義理を立てて死のうとするような人物でもない。そうであるならば、きっと逃げ延びているはずだ」とおっしゃった。

この逸話は切腹に対する当時の社会的評価の多様性をよく表しています。

自害を選んだ者(金津助十郎など)は「逸物の男」として評価される一方で、逃亡を選んだと思われる稲富伊賀に対しても、忠興は冷静に受け止めており、際立って否定的な評価を下していないからです。現実を受けとめる臨機応変な接し方といえるでしょう。

こうした記述は、戦国時代の切腹が、後の江戸時代のような厳格な形式をもつ儀式というよりも、より個人的で感情的な、そして状況に応じた柔軟性をもつ行為であったことを示しています。

また、それに対する同時代人の評価も、必ずしも一律的でなかったことがわかります。

※本稿は『戦国武家の死生観 なぜ切腹するのか』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。

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