己の力を使い切って死ぬのが理想

そうは言っても、誰にでも死は訪れます。冬になったら木の葉が落ちて朽ちていくように、人間が死ぬのも自然なこと。死なない人はいないのです。

もちろん、90年以上も生きていれば、私にだってつらいことや悲しいこともありますよ。それでも、やらねばならないことがまだたくさんある。

己の生命力を使い切り、電池が切れた機械のようにパタッと死ぬのが理想の最期。そのために、満身創痍の体を最後までなんとか持たせようと必死に頑張っているのです。

私の知人も次々と亡くなっていますが、人が死ぬときには、その人の生き方が表れます。私の理想は2023年に100歳で亡くなった、エッセイストの鮫島純子さん。渋沢栄一のお孫さんである鮫島さんは、資産家でありながら、質素倹約を心がけ、余分なお金はあちこちに寄付していました。

家事も、最後まで人の力に頼らずにすべて自分の手で行っていた。寝込まず、肺炎であっという間に亡くなりました。本当に、立派な生き方であり死に方だったと思います。

私も、最後の最後まで、なんとか役に立ってから死にたいですね。出汁を取ったカスのかつお節でもとことん使い切り、最後までみんなに美味しく食べてもらう――。そんな老いを味わい尽くすような生き方ができたら、本望だと思っています。

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