選考委員を続ける理由は

瀬戸内さんは「裸で外を走る勇気がなければ、小説なんて書けない」とおっしゃったそうですが、かつての女流作家は今の人たちよりもさらに恥を知らなかった。

すべてを曝け出し、自分の肉体と魂で小説を書こうともがいていたし、捨て身でぶつからなければ真実が宿らない、社会に受け入れられないという切実さがあったのだと思います。

小説を書きながら、親交のあった先輩方のことも思い出しました。河野さんは、「この年になると誰も親しく口をきいてくれないけれど、あなたはやんちゃな妹のように接してくれてうれしい」と私をかわいがってくださって。しかも文学の鬼でしたね、あの方は。

無名の新人だろうと、自分が面白いと思えば賞賛する。河野さんが選考委員をされていた文学賞に落選したときには、「あなたの小説は気立てが良すぎるのよ」と言われたこともあったなぁ。

だからこそ、約20年前に「間食」という短編で「あなた、ようやく純文学をものにしたわね」と電話をいただいたときは、本当にうれしかった。

私が芥川賞の選考委員を続けているのも、才能ある作家の小説を世に広めたいから。文学ってこんなに面白いんだ、ひとりの人間の中からこれほど素晴らしい作品が生まれるんだと知ってほしいんです。先輩方によくしていただいたので、今度は私がバトンを受け渡すような感覚かも。優れた小説が世の中にあふれることは、私自身の喜びでもあります。

『婦人公論』の読者の方々にも、きっとお好きな作家がいると思います。世の中が何を言おうと、自分の評価を信じてずっとそのまま好きでいてほしい。自分の人生が選んだ一冊を、いつまでも大切にしてほしいと願っています。

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