外側の「美貌」だけにとらわれてしまった一草

物語の終盤、輸血によって門前家の宿命から逃れることに失敗した一草は、ただこのまま顔が醜くなるのを待つのではなく、高温の火かき棒を顔に押し当てるという方法によって、自らの意思でその美貌を捨てることを選ぶ。

だが、実際には門前家の宿命を背負っていたのは理沙であった。理沙は、実の娘ではないからこそ一族の血がもたらす「美貌」ではなく、「女優」としての在りよう、生きざまを託すべく一草を厳しく指導してきた母・葵の真意を打ち明ける。

その思いを知らず、自らの顔に大きな傷をつけてしまった(そして女優としての活躍を諦め、姉妹で美しかった母の姿を見つめ続ける隠遁生活を過ごそうとしているようにも見える)一草は、かつて葵に言われた言葉──一草をたきつけたあの言葉──を思い出し、慟哭する。

「悔しくなかったらお前はわたくしの子ではありませんよ」。母が真に託そうとしたものを見極められず、外側の「美貌」だけにとらわれ、自らが向き合うべき運命を見誤ってしまった一草の最期はあまりにも虚しい。

血ではなく努力で、生まれながらの美貌ではなく磨き上げられた技芸で、「門前葵」という大女優の跡を継ぎ、彼女を超えて長くスクリーンで輝きを放ち続ける存在になり得たはずの一草は、大スターへの階段を転げ落ち、この屋敷に住む「得体の知れない醜い女」の「狂い死にした姉」としてのみ片付けられてしまったのである。

※本稿は、『Jホラーの核心: 女性、フェイク、呪いのビデオ』(早川書房)の一部を再編集したものです。

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