イメージ(写真提供:Photo AC)
着物は単なる伝統衣装ではなく、「心を整える装い」でもある―。街を行く着物姿の人には、どこか凛とした静けさがあります。布を重ね、帯を締める所作のひとつひとつに、装う人の心の落ち着きが宿るからかもしれません。山陰地方で呉服店「和想館」を営む、和と着物の専門家・池田訓之さんは「着物を着ることによって、以前よりも自然や季節、祖先とのつながりを深く感じるようになった」と語ります。着物がもたらす内面の変化について、池田さんに解説いただきました。

着物を着るようになって初めて気づいたこと

20年前に着物店を起業した際、着物を提案する側が着物を熟知していないと、お客様に満足して頂ける着物生活はご提案できないと思い、私も社員も毎日店では着物を着ることにしました。

あれから20年、実際に私はほぼ毎日着物を着ています。

この20年間の着物生活を通じて、それまでの40年の洋服生活では気づけなかった、たくさんの気づき、内面の豊かさを身に着けることができたように思います。そしてその喜びは、今日も増していくばかりです。

私が起業したときに、母は老後もずっと貯めていた預金を私の開業資金へと提供してくれましたが、その5ヵ月後の正月の朝に、鏡台に向かい髪をとかしながら、そのまま逝ってしまいました。

私は、喪主として黒紋付の羽織に袴を着て弔問客をお迎えし、着物と羽織の背中に描かれた家紋の感覚を感じながら、弔問の方々にお礼のご挨拶を述べました。その時、いま自分は祖先とつながっているのだと感じました。

他にも冠婚葬祭など大事な儀式の折には、家紋入りの着物を着ます。そのため着物生活をしていると、自然に家紋への関心が芽生えてきます。

ほぼどの家も家紋を備えているというのは、実は世界で日本だけです。ヨーロッパにもエンブレム(紋章)という文化がありますが、こちらは本来、貴族だけに許されている証しとされています。

エンブレムの目的は権威ですから、龍や獅子といった強そうなデザインが多いですね。一方で日本の家紋は、祖先、さらには万物とのつながり、そしていま生きていることへの感謝を表すので、一見目立たない、道端に何気なく咲いている草花が多いのです。

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私の家の家紋は片喰(かたばみ)です。片喰の家紋は3枚の葉を表現する場合が多いのですが、この3枚の片喰の葉は人柄、知力、子孫繁栄を表します。

片喰は道端に咲く小さな雑草です。着物を着るようになって、道わきの小さな雑草にも目をとめて、その生きざまを感じるようになりました。