まったく宿泊客を泊めた履歴がない部屋

支配人の気まずそうな顔を見ながら、須藤さんは何と言ってよいのか悩んでいた。

フロントの奥にある小さな事務室のテーブルで、広げられた書類の一枚を指先で叩く。

『触れてはいけない障りの話』(著:響洋平/竹書房)

「やっぱりこの部屋だけ使われていない理由がわからないんですよ」

各部屋の使用状況を示した資料を見ながら、須藤さんは言った。

そのホテルは、駅のすぐ近くにあり温泉施設や設備も充実している。週末ともなると予約ですぐに埋まるほどの人気だった。

しかし――、4階の奥にある一室だけ、まったく宿泊客を泊めた履歴がない。

「この部屋、使えない理由でもあるんですか? もし、何か部屋の設備に不具合があるとかなら本社に言って修理させるので、ちゃんと言ってくださいね」

須藤さんがそう言うと、支配人は「いや、そういう訳ではないんです」と、取り繕うように言葉を返した。

「何と言いますか、お客様にはまず他の部屋を御案内するようにしておりまして。その部屋は、その……」

――その部屋だけは絶対に人を泊めるなと、前任者から言われているんです。

支配人の隣で寡黙に座っていた従業員が口を開いた。

「君、ちょっとそれは……」

「いや、でも私はそう聞いています。他の従業員も知っていますよ」