御祓いの相談

当時、大村さんは20代後半。

千葉県某所の寺院で僧侶として務めていた頃、その依頼の電話があった。

『触れてはいけない障りの話』(著:響洋平/竹書房)

「すみません。うちの親戚の叔母にあたる人なんですけどね。最近どうも様子がおかしいんですよ。歳も歳だし、旦那さんを亡くして精神的に参っていたのかなとも思ったんですけどね……。あれはそんな類のものじゃないですよ」

電話をしてきたのは、千葉県のある集落に住んでいる中年の男性だった。

彼の親族に、70歳を超えた老女がいるという。

数年前に夫を亡くし、今は一人暮らしをしているそうだ。夫が生きていた頃は、隣近所でも評判の仲の良い夫婦で、人当たりも良く社交的な人物だった。夫婦ともに猫が好きで、家には何匹も猫を飼っており、楽しそうに猫を溺愛する姿は周りから見ても微笑ましい様子だったという。

ところが――。夫が他界して程なくした頃、老女の様相は一変する。

「まるで人が変わったんです。目つきも顔つきも。あれは叔母ではない。別人です」

男性が言うには、老女は突然、周囲に対して険悪な態度を見せ始めた。温厚だった性格は嘘のように豹変し、近隣住人や親族に対して言葉を交わすことがなくなった。それどころか理由もなく悪態や暴言を吐くようになった。老女は家に引きこもるようになり、周囲がその姿を見ることも減ったという。

夫を亡くした精神的ダメージが大きかったのだろうか。男性はそう考えたりもしたが、葬儀の後しばらくは平穏な様子だったため、それが原因という訳でもなさそうだった。

ある日、男性が老女の家を訪れた時のこと。

老女が廃人のように廊下を歩きながら、ブツブツと何かを呟き始めた。

「死んだ主人が家の中にいる。ずっと出ていってくれないの」

「うちにはね、顔のない人がたくさんいるの。だからいつか私の顔もなくなるの」

その様子に、彼はただならぬ違和感を覚えた。

はじめは精神的な疲弊による症状だと思い、療養させながら時間が解決するのを待とうと軽く見ていた節があったのかもしれない。しかしその異常な言動には、そんな楽観的な考えを打ち砕くような重みがあった。事実、その後病院へ連れていってみたが、状態が快方に向かうことはなかったという。

「私もどうしたらいいのか、途方に暮れてしまいまして……。とにかく一度、叔母の所へ行って御祓いしてもらえませんか」

それが男性からの相談だった。

大村さんは荒行を経た後、何度も加持祈祷や除霊を行ってきた。

「いつもの儀式を粛々と進めればよいだけだと思っていましたからね。もちろんその除霊の依頼を引き受けたんですよ。ただその後、ちょっと良くない話を聞きましてね」

大村さんが除霊に行く日までの間のことである。

たまたま知人の僧侶に会う機会があり、この事案の話をすることがあった。

実はこんな依頼があって、近々その老女の元へ行くんだけど――と、大村さんがことの概要について話をすると、知人の僧侶は「もしかしてそれ、千葉県××町のSさんのこと?」と言い出した。老女の名前を言い当てた知人に対して大村さんが驚きを隠せないでいると、知人は「それは絶対にやめたほうがいい」と言った。

「これまでも何人かの僧侶が、そのお婆さんの除霊を試みたことがあるんだよ。もちろん皆、加持祈祷のプロだよ。修行も経て資格も持っている。ただ……」

ことごとく失敗している――。

それどころか除霊を試みた後、精神を病んだ者、不慮の事故に遭う者、極度の体調不良に苛まれる者が続出。知る人の間では、その老女Sさんの除霊については相当な人数と準備、覚悟を持って対応しなければならないという話だった。

「今考えたら、そこで一度お断りして、知人の僧侶に相談しておけば良かったんです」

大村さんに不安がなかった訳ではない。その老女の事態が重度であり、除霊が困難であることも理解していた。しかし、あの荒行――身命を賭して成就した修行を経て、大村さんの中に「自分なら、あの老女を救えることができるだろう」という思いがあったのも事実だった。