除霊のための読経を始めた
「とにかく、まともじゃないことはわかりました。何かが憑いている。それも一体や二体じゃありません。私ができることは御祈祷や除霊ですから、まずはそれをやり切ろうという一心でしたね」
仏間は6畳ほどの和室だった。暗くてよく見えないが、ここの床にも濡れたボロ切れのような雑巾が散乱している。足元に注意しながら部屋の奥へと進み、大村さんは仏壇の前に座った。
蝋燭に火を灯すと、ふっと淡い光が周囲を照らした。
仏壇を見ると、中央に位牌と遺影が置かれている。鈴と香炉があったが、それ以外に仏具はない。両脇には二つの高杯が置かれている。
――黒い『おはぎ』が二つ供えられていた。
いつ御供えしたものだろうか。仏壇には埃が積もっていた。おそらく長い間、手入れされていないと思われる。大村さんは、深呼吸をして除霊のための読経を始めた。不思議と読経に集中していると周囲の不快感が薄らいでゆき、ただひたすら仏間に反響する自分の声に集中することができた。
いつしか陽は落ちて、仏間には深い闇が訪れていた。
蝋燭の灯りだけが、唯一の命綱のように周囲を照らしている。
読経の節目に、ふと一呼吸置いた時だった。
「これは危ない……」
大村さんがその変化に気がついた時には、もう手遅れかもしれないという絶望感すら覚えたという。自分が唱えている御経は、厳しい荒行を経て習得したものだ。これまで何度も加持祈祷・除霊の経験がある。そうした作法に強い力があることも知っている。しかし、そんなことは関係なかった。
闇の中。
周囲を、何人もの人影が自分を取り囲んでいた。
顔は見えない。
暗いという理由ではない。
顔がないのだ。
『うちにはね、顔のない人がたくさんいるの。だからいつか私の顔もなくなるの』
依頼者から聞いた老婆の言葉を思い出した。
大村さんは精神力を振り絞り、気を張ってさらに大声で読経を続けた。経験上、ここで気持ちが負けてしまうと一気にやられてしまう――。それをわかっていた。