主人は、猫が好きですから
叫びそうになるのを堪え、大村さんは、
「あなた、何をお供えしているんですか」
と声を振り絞った。
老婆は嬉しそうに嗤っている。
「主人は、猫が好きですから。こうすると、主人は喜ぶんです」
老婆は嗤い続けた。
完全に取り憑かれている。
周囲の人影が、さらにこちらへと迫ってきた。
逃げようにも力が入らず、立ち上がれない。
後ろ手に床に着いた手を動かし、体勢を立て直そうとした時。
ぐちゃ……。
と、左手の下に濡れた柔らかい感触があった。
床に散らばっていた布切れだと思い、掴んでそれを目の前に持ってくると、それが剥ぎ取られた猫の毛皮であることに気がついた。血に塗れており、掴んだ指の隙間から液体が滴り落ちている。
来る時に見た台所の肉塊――。それが何かを想像して、凄まじい吐き気に襲われた。
老婆が顔を近づけてきた。
「主人は、猫が好きですから。喜ぶんですよ。だから、こうして御供えしているんです」
仏間の闇に、嗤い声が響いた。
大村さんは気がつくと、声の限り叫びながら家を飛び出していたという。
「その後、あの家がどうなったのかわかりません。少なくとも一人であの家を対処するのは無理です。もう私には、触れることはできません。今となっては、無事に御祓いされていることを祈るばかりです」
大村さんは、暗い表情でそう言った。
彼は今も千葉県で僧侶をしている。
その後、その家がどうなったのか、話を聞くことはなかった。
※本稿は、『触れてはいけない障りの話』(竹書房)の一部を再編集したものです。
『触れてはいけない障りの話』(著:響洋平/竹書房)
触れてはいけない「事件」「霊」「物件」「呪術」「神」「怪談」6つのテーマで収録された危険極まりない怪談たち。
禁じられた領域に迫る15の怪!




