そのときできることをする
先日こんなことを聞かれました。
「災害のときはどうするんですか?」
ふーむ、確かに。だけど思うんです。災害ってどんなタイミングで遭ってしまうかわからないですよね。家にはある程度備えがあっても、災害時に家にいるとは限らない。じゃあ外で災害に遭ったときのために、あれもこれも準備して──これってキリがないと思うのです。もし飛行機が落ちたらどうする? もし宿泊先で津波に襲われたら? 道を歩いていて大地震が来たら? 想定するだけキリがありません。
私の考えは、「そのときできることをする」。それしかないと腹を括っています。下手したら死ぬかもしれない。けれど、そうなったら仕方ない。願わくは何かがあったとき、自分のことだけ考えるよりも人のために動ける自分でありたい(本当にそんな行動が取れるかどうかはわからないけど、せめて心に留めておきたい)。
もし何かの形で窮地に陥ったら、そのときに考えます。「ふんどし1枚」じゃないですが、ゼロからやり直すしかないと。誰でもそんなピンチに陥る可能性はゼロではない。いつ地震が来るかわからないし、いつ会社が倒産するかはわからない。来月離婚するかもしれない。「何があっても対応できる自分でいること」しか、ないんじゃなかろうか。
そのためにも世界を知って、いろんな体験をしたいし、情報を深めたい。せめて寿命を待たずに病気で倒れないよう、健康でいようと思っています。そのために、運動して食事に気をつけて、今できることをやるのです。
死に方が選べないなら、せめてそのギリギリまで精いっぱい生きましょうぞ。
※本稿は、『50代、「心地いい暮らし」は自分でさがす 東京・京都の二拠点生活、海外ひとり旅、憧れの身軽な生き方』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
『50代、「心地いい暮らし」は自分でさがす 東京・京都の二拠点生活、海外ひとり旅、憧れの身軽な生き方』(著:しょ~こ/PHP研究所)
年齢や環境を言い訳にせず、「やってみたい」を、どうにかして「やってみる」。
一歩踏み出せば、必ず「次の一歩」がやってくる――。




