遠回りして見つけたもの?

落ち込みながらも、じっとしていられずにいろいろな人に会いにいきました。私より広い視野の人に聞いてもらうことで、自分が気づいていない視点をもらえるかも? と思ったのです。その中で心に刺さったのは、ある人のこんな言葉です。

「しょ〜こさんは旅にも居心地の良さを求めているよね」

『50代、「心地いい暮らし」は自分でさがす 東京・京都の二拠点生活、海外ひとり旅、憧れの身軽な生き方』(著:しょ~こ/PHP研究所)

……あ! 確かにそうです。節約して安宿に泊まるよりも、お金を出しても好みのエアビーを探します。それは好きな空間で過ごす時間を大切にしたいから。滞在先で居心地のいいカフェを巡るのも同じ。つまり「どこにいても気分良く過ごしたい」という無意識のあらわれでした。新しいことに出合う自由な旅だと思っていたのに、実は「心地よさを確保する旅」になっていた。そこに冒険はありませんでした。

さらに言われたのがこの言葉。

「でも、もしかしてそれがしょ〜こさんの追求すべきものかもしれないよ?」

ここで点と線がつながりました。私が体験したかったことは、未知の体験というよりも、「どこにいても自分らしく、心地よく過ごせる環境を自分でつくること」だったのかもしれない。ぽろりと目からウロコが落ちる音がしました。

たくさんのお金と時間をかけて地球のあちこちを移動し探していたものは、じつは自分自身の足元にありました。

だけど、元の場所に留まっていたら気づけなかった。

大事にしていたものをギリギリまで手放す挑戦をして、価値観を見直し、遠回りして、外から自分を眺めたからこそ理解できたのです。

チャレンジし、迷い、立ち止まり……そのすべてが必要なプロセスでした。

思えば、これは家の片づけと同じでした。いったんゼロにして、不要なものを手放し、改めて大事なものを置き直す。それをもっと大きな規模でやっていただけだったのです。