「確証バイアス」といわれる性質
さみしさにも、似たところがあります。
自分が好ましいと思う相手や関係性の近い相手―具体的には、家族や友だち、恋人などであれば、「自分の気持ちを共有したい、理解し合いたい」と思うことが多いでしょう。
そして、関係が近くなればなるほど、「気持ちを共有できているはず」「理解し合えるはず」「助けてくれるはず」と信じようとします。
わたしたち人間は、自分の先入観に沿った情報を集め、自分の都合のいいように解釈してしまう性質を持っています。
これは、「確証バイアス」といわれるものです。
そして、それが実は錯覚であり、本当は理解し合えないのだと気づいたとき、さみしくつらい気持ちを抱えてしまうのではないでしょうか。
もし相手が自分にとってどうでもいい存在なら、自分の思いや気持ちを共有できなくても、相手から理解されずとも、まったく気になりません。
親子、きょうだい、夫婦、恋人、友だち、職場の同僚、上司、近所の人……。こうした関係性の違いと、付き合いの深さといった関係性の強弱によって感じ方が変わるのです。
さみしさは極めて社会的な感情であり、相手との関係性によって大きく左右されるものだといえるでしょう。