下積み生活20年。43歳で初めてつかんだチャンスですから、来た仕事はすべて受け、滅茶苦茶に働きました。家事は同居していた母に頼りきり。あちらも勤めていたから申し訳ないと思いつつ、でも母のほうが手際がいいんですもの。
私が裁縫の授業で縫った浴衣を、「これじゃダメよ」と、ぴーっと糸を引き抜いてきれいに縫い直しちゃうような母親では、娘の家事が上達するわけがない(笑)。私がいまだに料理が苦手で外食ばかりなのは、そのせいもあります。
母は、戦争中に寡婦となって苦労を重ねたわりに、楽天的で前向きな人。就職先をすぐ辞めて映画の世界に飛び込んだ娘を、心配はしていたと思うけれど口を出すことはありませんでした。
まあ世間並みに、「早く嫁に行け」みたいなことは言いましたけど。私は聞く耳を持たなかったし、一度行ってみたお見合いも、断る気まんまんで。母はそのうち何も言わなくなりました。私はいままで結婚したいと思ったことはありません。
母娘で同居していてもクールな関係で、あまり会話もしないほう。定年退職後の母をヨーロッパ旅行に誘ったのが、唯一の親孝行になりました。彼女がよく出かけていたパックツアーより自由に動けるし、母も食べることが好きだから毎回とても喜んでくれて。
母は97歳まで元気に生きてくれました。最後にパリに連れていったときの母は88歳、自分の足でとっとこ歩いていたのを覚えています。今年の夏、パリで過ごした私は母と同じ年齢だと気づいて、不思議な感慨を覚えたものでした。
母は毎月のお給料で、ささやかなアクセサリーを買うのが好きでした。私はそういう趣味が ないものだから、通訳の仕事やレセプションで人前に出るときは、母の遺してくれた物をありがたく使わせてもらっています。