映画字幕翻訳家になるという夢を43歳で叶えた戸田奈津子さんは、以来、1500本以上もの作品を手がけ、通訳を務めたスターとの親交も話題になるほど。病で左目の視力を失ったが、89歳のいまも仕事にプライベートにと精力的だ(構成:山田真理 撮影:藤澤靖子)
下積み生活20年、43歳でやってきた転機
そうして映画会社に出入りするうち、30歳過ぎから依頼されるようになったのが、来日する俳優やスタッフの通訳でした。翻訳と通訳は本来まったく違う仕事だし、失敗も多かったから、本当はイヤイヤだったんですよ。
当時はショーン・コネリー、ロバート・デ・ニーロ、リチャード・ギアなど大スターが次々と来日。通訳と字幕の仕事を両立するのは大変でしたが、映画オタクだった私にとっては役得というか、楽しい面もありました。
そして、私の運命を変えたのが、1980年日本公開の『地獄の黙示録』です。撮影でたびたび来日していたコッポラ監督の通訳兼ガイドを務めたところ、監督自ら「字幕も彼女に頼みたい」と推薦してくれました。映画が大ヒットした結果、本格的に字幕翻訳家としての仕事が増えていって。コッポラ監督は、私の恩人です。
あれから45年経った今年、監督の新作『メガロポリス』でも字幕の依頼をいただきました。去年プライベートでお会いしたとき、カンヌ映画祭で賛否両論だったことも意に介さず、「未知のものへの挑戦は自由であることの証しだ」とおっしゃっていた。
後日、字幕作業中にその表現が出てきて、ああ、これが真のアーティストであり挑戦者の言葉なのだと改めて尊敬の念を覚えました。
人生は円を描いて起点に戻るともいわれますが、映画字幕翻訳家としての私の人生は『地獄の黙示録』で始まり、集大成といわれる作品に至った。意図してできることではないので、本当に幸運だと思います。