父のルーツを感じて

祖父は京都で書画や日本語などを習っていました。その縁で京都に、祖父が書いた軸を持っている方も多いのです。アメリカで『日本画の描法』という本も出し、日本が好きだった祖父は、豊次郎さんに西洋文化や味を伝えたいと思ったのかもしれません。

父も京都が好きで、出版社・白川書院の雑誌「月刊京都」初代編集長の臼井喜之介(うすいきのすけ)さんの家によく泊めてもらっていました。

私も一緒に連れて行ってもらい、丸太町東洋亭で食事をして、ビーフシチューを食べながら、祖父の思い出を聞きました。父はお肉が大好物でおいしいものが大好き。そんな父に私のベロは鍛えられたのかもしれません。

家族で行った墓参り。前列左が父、右が私。後列左が母(著者提供)

後に和田さんと遅い新婚旅行でカリフォルニアに出かけた時、祖父の墓がサンマテオにあると父に聞いたことを思い出し、二人で行ってみました。詳しい場所を知らないままに出かけましたが、丘の上の大きな建物を見た時にゾクッとした。行ってみたら、そこが祖父の墓所でした。祖父は私に見つけてほしかったのかもしれませんね。

父母も連れて、平野家全員ですぐサンマテオに墓参りに出かけ、父の面影がある親戚とも会いました。父のルーツが確かにあると感じて感慨深かったことを覚えています。

※本稿は、『平野レミ大百花』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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平野レミ大百花』(著:平野レミ 聞き手:大森亜紀/中央公論新社)

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おてんばな少女時代から、歌手デビュー、夫・和田誠さんとの出会い、「シュフ料理」誕生……波瀾万丈な人生をユーモアたっぷりに語り尽くす。

読売新聞の好評連載「時代の証言者」を大幅加筆、「55の質問」を増補。レミさんはじめての自伝。