俳優の河内大和さん(撮影:小林ばく)
40代半ばで遅咲きのブレイクを果たした河内大和さん。2023年以降、テレビドラマや映画への露出が増え始め、大きな注目を集めています。長年にわたり舞台を中心に活動するなかで、夢をかなえるために続けてきたこととは(構成:内山靖子 撮影:小林ばく)

前編よりつづく

コンプレックスを受け入れるまで

今でこそこうして笑えるようになりましたが、役者を始めた20代は地獄のような日々でした。納得のいく芝居ができなくて1ミリも楽しいと思えませんでしたし、厳しい指導で精神的に追い詰められ、最終的にいくら口を開けても声が出なくなってしまった。

それで役者をやめるしかないと、27歳の時に新潟から山口の実家に戻りました。暗い部屋に閉じこもり、心身ともにボロボロ。それでも、自分を助けてくれる家族がいるという安心感に包まれ、少しずつ心を癒やすことができたのです。

そして僕を再び舞台の上に呼び戻してくれたのが、新潟で親しくしていたプロデューサーでした。実家に戻って1年半ほどした頃、彼が「舞台に出ないか」と声をかけてくれて。

役者人生最後のつもりで出演した舞台で、お客さまから拍手をいただく幸せをあらためて実感し、この世界に戻ることを決めました。あのカーテンコールの瞬間は、今も忘れられません。

彼をはじめ、人との出会いに恵まれなかったら、僕はとっくに役者をやめていたと思います。2000年のデビュー作の舞台『リチャード三世』で出会ったのは、吉田鋼太郎さん。鋼太郎さんが演じるシェイクスピア作品があまりにもカッコよくて、すぐに背中を追うようになりました。

その後も何度かご一緒する機会があったのですが、僕のことをずっと気にかけてくれて、蜷川幸雄さんに「こいつ、何でもできるんで使ってやってください」と頼んでくださった。そのおかげで、蜷川さんともご一緒することができました。