「あの、そういえば今日はどうして来てくださったんですか? 次回のワークショップについては先週松田さんと打ち合わせしたんですが、なにか変更でも」
「あ、いえ」
片手を浮かせて時生の言葉を遮りながら、傑は失態に気づき顔をしかめた。
手土産を持ってくればよかった。差し入れがあれば、スポンサーとして活動を見に来た、個展の成功を祈ります、という言葉と一緒に差し出して、スマートに場を終わらせることができただろう。
なんの段取りも考えずに思いつきで訪ねてしまったせいで、なにやら微妙な来訪になってしまった。やはり疲労が溜まっているというのは本当なのだ。判断力が、落ちている。
「近くまで来たので……そう、たまには昼食でもご一緒にどうかと。制作も大詰めですよね。力が出るようなものでもごちそうさせてください」
「……はあ」
急な誘いを、怪訝(けげん)に思ったのだろう。時生はちらりと制作途中の枝人形を振り返る。とっさに傑は言葉を足した。
「その人形も、飾りつけが決まらないなら、昼食をとりがてら服でもなんでも、合いそうなものを探しに行きませんか」
「わかりました」
時生は浅く頷き、自分の汚れたパーカーに目を落とすと、「おととい銭湯に行ったきり風呂に入ってないんで、ちょっと裏の水道で体を洗って着替えてきます」とアトリエの隅に放ってあったドラムバッグを抱えて姿を消した。
十二月ですよ、と傑が声をかける間もなく、鼓膜を破りそうな激しいくしゃみが壁の向こう側で炸裂した。
出典=WEBオリジナル
彩瀬まる
作家
1986年千葉県生まれ。上智大学文学部卒業。2010年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。『やがて海へと届く』が映画化、『くちなし』『新しい星』で直木賞候補となる。他の著書に『眠れない夜は体を脱いで』『森があふれる』『みちゆくひと』などがある。
