「あの、そういえば今日はどうして来てくださったんですか? 次回のワークショップについては先週松田さんと打ち合わせしたんですが、なにか変更でも」
「あ、いえ」
 片手を浮かせて時生の言葉を遮りながら、傑は失態に気づき顔をしかめた。
 手土産を持ってくればよかった。差し入れがあれば、スポンサーとして活動を見に来た、個展の成功を祈ります、という言葉と一緒に差し出して、スマートに場を終わらせることができただろう。
 なんの段取りも考えずに思いつきで訪ねてしまったせいで、なにやら微妙な来訪になってしまった。やはり疲労が溜まっているというのは本当なのだ。判断力が、落ちている。
「近くまで来たので……そう、たまには昼食でもご一緒にどうかと。制作も大詰めですよね。力が出るようなものでもごちそうさせてください」
「……はあ」
 急な誘いを、怪訝(けげん)に思ったのだろう。時生はちらりと制作途中の枝人形を振り返る。とっさに傑は言葉を足した。
「その人形も、飾りつけが決まらないなら、昼食をとりがてら服でもなんでも、合いそうなものを探しに行きませんか」
「わかりました」
 時生は浅く頷き、自分の汚れたパーカーに目を落とすと、「おととい銭湯に行ったきり風呂に入ってないんで、ちょっと裏の水道で体を洗って着替えてきます」とアトリエの隅に放ってあったドラムバッグを抱えて姿を消した。
 十二月ですよ、と傑が声をかける間もなく、鼓膜を破りそうな激しいくしゃみが壁の向こう側で炸裂した。
 

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