「実は頭痛が続いて病院に行ったら、常に体が緊張して硬くなっている、リラックスする時間を持てって医者に言われたんです。ただ、私は子供の頃からリラックスするのが下手で。できれば明日の朝までにさっさとリラックスして、体の調子を戻したいんですが、難しいですね」
「さっさとリラックス?」
 時生はまじまじと目を見開き、肩を揺らして笑い始めた。
「やっぱり大川さんってすごく面白い方だったんですね。リラックスって、大川さんにとってはタスクなんだ」
「やっぱり、ですか?」
「少なくとも俺は、今の大川さんに合いそうなもの、わかりますよ」
 時生はスマホを取り出し、なにやら調べ物を始めた。
「どうかな……俺の地元の百貨店では、ボーナスの時期によく特設コーナーがつくられるんですけど……あ、すごい、やってる! インテリアコーナーの北端です」
 時生は手元と周囲を見比べながら、先に立って歩き始めた。品のいい家具が陳列されたエリアを抜ける。
 エレベーターホール横の特設コーナーには、大人の体がすっぽりと収まるサイズの、大きな黒い椅子が二つ設置されていた。
「マッサージチェアですか」
「はい。体が硬くなっているなら、物理的にほぐすのはどうかなと」
 ときどき温泉施設で見かけたことはあったが、百貨店で販売されるイメージは無かった。左胸に福来屋のロゴが入った金属製のバッジをつけた店員から「どうぞお試しください」と勧められ、傑は靴を脱いでマッサージチェアに座った。わずかな稼働音とともにチェアの背もたれと脚部が角度を変え、体があおむけに倒れていく。体形を確認する緩やかな圧に続いて、もみ玉が細やかに振動し、首回りから順にこりをほぐし始めた。細やかにたたき、力強く揉み、エアーバッグが心地よく圧迫する。チェアは腰回りと脚部が温かく、目を閉じて力を抜くとまるで大きな生き物に抱きかかえられているような気分になった。
「いかがですか?」
 声をかけられるが、その声の主が店員なのか、それとも時生なのか、傑は判断できない。体が溶け出すように、急速に意識が遠のいた。
 

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