どの会社にも起こりうる問題
さらに本件で問題視されたのは、HIS本体の関与ではなく、むしろその「無関与」だった。明確な指示を出していないにしても、常識外れの高単価商品や異常な宿泊数の取引が報告されていた。にもかかわらず、本社の管理部門がそれを問題視せずに通していたのである。つまり、現場の暴走だけでなく、「見て見ぬふりをした、あるいは機能しなかった統治機構の実態」が露呈したのである。
子会社が構築したスキームは、宿泊実態のない名簿や、協賛金の名目での資金の還流など、明らかに意図的かつ計画的であり、単なる事務的ミスとは一線を画す。だが、こうした異常な処理に対して、本社からの牽制が働かなかった、または、そもそも働かせる意志が希薄だった可能性がある。
制度側のもろさも、企業の倫理的判断を鈍らせた一因となった。GoToトラベル制度は、本来の目的である「実際の旅行に対する補助金支給」に対して、宿泊名簿や契約書といった形式的書類で審査を行うという、極めてチェックの甘い、欠陥がないとはいえない制度だった。
結果として、「実態のない宿泊」や「知らないうちに名前を使われた法人契約」がまかり通り、形式だけ整っていれば支給されるという“常識”が業界内に共有されていった。とくに法人向け長期宿泊研修などは、実際に宿泊していない利用者の名前が使われていたにもかかわらず、企業間の合意があるから問題ないという論理で処理されていた。
そこには、「非常時なのだから細かいことは問われないだろう」という甘えと、「業界全体がやっているのだから自社だけがやらなくても意味がない」という圧力が交錯し、組織的な倫理感覚のタガが外れていったのである。
HISの子会社がとった行動は、単に逸脱行為をしたという話ではなく、「追い詰められた企業がどこまで正気を保てるか」「制度と倫理のどちらに忠実であるべきか」という問いを我々に投げかけている。外野の立場で非難することは簡単だ。しかし、自分が当事者だったら果たしてこれらの逸脱行為を止めることができたであろうか。
参考:エイチ・アイ・エス特別調査委員会「調査報告書」2025年3月21日
※本稿は、『企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造』(日経BP 日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
『企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造』(著:秋山進/日経BP 日本経済新聞出版)
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