【傷の記憶】解説と「スケープゴート現象」
紹介した私の経験は、<機能不全家庭>でよく見られる一つの例です。
機能不全家庭は、外からは「普通」に見えることが多く、内側で起きていることは、ほとんど見えません。食事が用意されていて、子どもも学校に通っている。でも内側では、安心感が欠如している。
家庭の中で、感情のはけ口にされる「ターゲット」ができてしまうと、ほかの家族はその役割を黙認することで秩序を保とうとします。
このようなパターンは、心理学で「スケープゴート現象」と呼ばれます。家庭内の一部に問題が集中し、他者が安全を確保しようとする心理的メカニズムです。
被害を受けた側は「なぜ自分だけが」と感じ、その問いは心の奥底に澱のように残り続けます。親との関係修復を試みても、根本的な認識のズレは消えず、やがてあきらめるしかないという現実に直面することも少なくありません。
また、このような家庭で育った子どもたちは、外から見ると「いい子」「優等生」「しっかり者」と思われることがよくあります。けれど、心の中では、いつも緊張と不安を抱え、自分を守るために感情を押し殺し、空気を読みすぎ、そして、何よりも自分自身を責め続けています。
そういった子どもたちの頭と心の中では、次のようなことが起こっています。
1 愛情=「傷つき・見捨てられること」と誤って覚えてしまう
本来、愛情は、安心や信頼を育むものです。けれど、家庭の中で繰り返し傷つけられたり、無視されたりする体験が続くと、子どもは次第に、「これが愛なんだ」と思い込んでしまいます。たとえば、叱責されたあとに急に抱きしめられる、無視されたあとに、唐突にやさしくされるといった極端なやりとりが積み重なると、「愛されるためには我慢しなきゃいけない」「痛みを受け入れなきゃいけない」──そんなゆがんだ学習をしてしまうのです。
2 安心できる人間関係を築くことが難しくなる
安心できるはずだった場所で安心できなかった子どもは、「人と関わること=また傷つくこと」というふうに感じやすくなります。そのため、人との距離の取り方が極端になりがちです。近づきすぎてしまい依存的になったり、あるいは、誰にも心を開けずに孤立したりします。また、自分の気持ちを表現することに、強い不安を覚えるようにもなります「嫌われたらどうしよう」「相手を怒らせたらどうしよう」といった思いが頭を離れず、心から信じ合える関係を築くことが、とても難しくなってしまうのです。
3 大人になっても「信じること」が怖い
人間関係の土台が傷ついたまま成長すると、大人になっても「どうせ裏切られる」「どうせわかってもらえない」といった思いが、心の奥深くに根を張ったままになります。そのため、どんなに人に囲まれていても、どこか「自分だけが違う場所にいる」ような感覚を抱え、深い孤独に苦しむことが少なくありません。
4 自分の感情がわからなくなり、自己否定を繰り返してしまう
「自分が我慢すればいい」と思い続けた子どもは、いつしか自分の本音や、心からの欲求に気づく力を失ってしまいます。何か苦しいと感じても、「きっと自分が悪いからだ」と考えてしまう。そのたびに、自分を責め、少しずつ自信を失い、どんなに頑張っても、どこか満たされない──そんな感覚を抱えて、生きることになるのです。
『かくれトラウマ - 生きづらさはどこで生まれたのか』(著:井上陽平/ワニブックス)
「かくれトラウマ」とは、記憶としては思い出せなくても、体と神経系が覚えているトラウマ反応のこと。
過緊張、疲れやすさ、人の目が気になる感覚、人間関係を避けてしまう反応――それらはすべて、かつてあなたが生きのびるために身につけた「生存戦略」なのです。
本書では、
・なぜ体が常に緊張してしまうのか
・なぜ安心しようとすると余計に疲れてしまうのか
・なぜ人と関わることが怖くなるのか
その理由を、神経系と身体感覚の視点から、専門用語をできるだけ使わず、やさしく解き明かしていきます。
そして、無理に前向きにならなくてもいい、過去を思い出さなくてもいい、「安心が体に戻ってくる」ための22の小さなレッスンをお伝えします。
「かくれトラウマ」によって心の奥に隠れてしまった“本来のあなた”を、少しずつ取り戻すために。
大丈夫。あなたには、あなたを回復へ導く力が、ちゃんと眠っています。




