火の海とはあのことをいうんだ

3番目の兄、喜三郎が沼津に現れたのは4日目のことだった。真っ黒に汚れて唇が腫れ上がり、ボロボロになった服を着て、麦畑の向こうに立っていた。

「かよ子、ごめん。みんな死んじゃったんだ……」

『わが人生に悔いなし』(著:瀬戸内みなみ/飛鳥新社)

二人で抱き合って泣きに泣いた。夜になって兄は香葉子の前に座り、手を握って、こういった。

「ぼく1回しか話したくないから、よく聞くんだよ」

あの夜、警防団の班長だった父は家にいなかった。母は兄や弟たちと畳の下の防空壕(ぼうくうごう)に入っていた。父が帰ってきたときには、火はもう家の2階にまで回っていた。一家は逃げ遅れたのだ。

かよ子、火の海とはあのことをいうんだ、と兄がいう。前も後ろも、右も左も、上も下も、みんな火だったんだ。母が弟を背負い、一番上の兄が祖母の手を引いて、そのなかを走って逃げた。

風上へ逃げて、中和(ちゅうわ)小学校までたどり着いたが、門がしっかり閉じられていて開かない。必死で塀を乗り越えて、校舎の窓下に身を寄せ合った。熱くて熱くてたまらない。息ができない。防空頭巾がジリジリと焼け始めていた。