メンコ1枚だけが、弟の生きた証
母がおぶっていた弟を下ろし、胸に抱いて地面に突っ伏した。その上から父が覆いかぶさる。祖母と兄たちは横でひとかたまりになっていた。
一番上の兄が2番目と3番目の兄をじっと見て、
「日本男児だ、いさぎよく舌を噛み切ろう」といった。
「喜三郎、見ろ!」
突然、父が叫んだ。高いところの窓が、少しだけ隙間のように開いていた。あそこから入れ、と父がいった。
兄は夢中でよじ登ったのだろう。後のことは、もうわからない。
「兄はこれまでに3回だけ、あの時のことを話してくれました。ひとりだけ生き残ってしまったのが苦しくて、話せないんです。死ねなかった自分が申し訳ないといって、その度、泣いていました」
喜三郎は13歳、香葉子は11歳だった。
「弟の孝之輔はたった4歳でした。あの頃のことだから写真もありません。少しは撮ったのかもしれないけど、みんな焼けてしまいましたからね。疎開する前に弟からもらったメンコが今でも手元にあります。このひょっとこのメンコ1枚だけが、弟の生きた証なんですよ」