戦争は人の心まで変える

沼津の叔母が止めるのを振り切って、兄は帰るあてもない東京へひとりで帰っていった。香葉子もその後、叔母の許を離れ、親戚や知り合いの家を転々とする生活を5年間続けることになる。荷物は背中に背負った小さな行李(こうり)がひとつだけ。中には弟のメンコと、疎開中に両親からもらった手紙などわずかに残った思い出の品が、お守りとして入っていた。

「戦争はひとの心まで変えてしまうんです。孤児になったわたしが頼らざるをえなかったおじさん、おばさんたちは、戦前は悪い人たちじゃありませんでした。お祭りや法事でみんな集まっては、かよ子ちゃん、かよ子ちゃんって優しくしてくれたんです。それが、手のひらを返したようになっちゃって。お前たちが死んでくれればよかったのにって、何度もいわれましたね。『お前じゃなくて、お前の父ちゃんが生きていてくれればよかったのに』って。

戦後はどこの家も生活が苦しかったから、厄介者まで養う余裕はなかったんです。それに父の姉妹たちにとっては、父が東京の下町、本所(ほんじょ)(現在の墨田区)に代々続く江戸和竿(えどわさお)の老舗『竿忠』の後継ぎで、本家でしたから。

土地や生命保険などの父の財産は、わたしを引き取って後見人になった伯母たちがさっさと処分し、山分けして、きれいさっぱりすっからかんになってしまいました」