恐い物知らずの徳川忠長

以来、駿府の今川館が駿府城と呼ばれるようになってからも、城内で謡曲「芭蕉」を謡うのは不吉とされ、禁じられた。

ところが、3代将軍徳川家光の弟で、駿府城主となっていた徳川忠長は、恐い物知らずで、祟りなど恐れぬ人物であったため、城内でこの曲を演じさせてしまった。すると、天地を裂くような雷鳴が鳴り響き、みぞれ交じりの雨が降り始めた。

(写真提供:Photo AC)

そしてどこからともなく、低い男の声で「芭蕉」の謡が聞こえてきた。

「花も千草も。ちりぢりになれば。芭蕉は破れて残りけり」