玉袋筋太郎さん(左)と毒蝮三太夫さん(右)。(写真提供:『愛し、愛され。』毒蝮三太夫、玉袋筋太郎:著/KADOKAWA/撮影:榎本壯三)
戦前生まれで卒寿を目前にした「生けるレジェンド」毒蝮三太夫と、還暦を目前にした「時代遅れな昭和の粋芸人」玉袋筋太郎が、令和の社会の生きづらさ、お笑い、幸福論、老いなど、軽妙な掛け合いで語り合う。毒蝮の「毒」と、玉袋の「粋」が融合した対談本『愛し、愛され。』より、一部を抜粋して紹介します。

リニアの時代にSL的な生き方をする

玉袋 時代は移り変わって、価値観もどんどん変わっていって、それこそコンプライアンスだ、ハラスメントだって、「昭和的価値観」がどんどん失われていっていますよね。もちろん、悪しき習慣はどんどん改善されていけばいいけれど、古きよきものまで、否応なく駆逐されていくのを見るのがすごく忍びないんです。

俺の大好きなお笑いにしても、プロレスにしても、単なるノスタルジーなのかもしれないけれど、最近はつくづく、「むかしはよかったな」と、ついつい後ろ向きなことを感じちゃいますね。

毒蝮 まさに、「生生流転」の心境だな。世の中のすべてのものは常に移り変わり、延々と変わり続けていくものだからな。人間には「生老病死」という避けられない4つのステージがあるんだ。

「生」まれて、やがて「老」いていき、その過程で「病」を得て、そして「死」んでいく。誰もが遅かれ早かれ、この4つのステージを歩んでいくわけだ。でもこれは、人間に限った話じゃないよ。

玉袋 そうですね。すべての動物、昆虫、植物にもいえることですからね。

毒蝮 それだけじゃないよ。この机だって、椅子だってそう。その材料である鉄だって、木だって、石だってそう。この地球だって、何億年も経てばどうなっているかはわからないよな?

かたちあるものはすべて滅びゆくものなんだ。玉がいう「昭和的価値観」なんて、平成になって、令和になったら、どんどん失われていくのも当然のことだろう。