親子関係に変化も

両親は2人とも施設に入居してから認知症だと診断されました。施設では常に誰かの目があるし、食事も提供されるから両親は自炊をせずに暮らしていたんです。火の元に不安がないことはすごく安心できました。もし、私が同居して介護をしていたら、イライラしたり、もっと親とすれ違っていたりしたでしょう。母の幻聴と幻覚の対応を自宅でずっとしていたら、私の精神も不安定になったと思います。施設にいてくれることで距離を保てたし、安心できた。自分に時間の自由があることがありがたかったですね。

実を言うと、私と両親は「気の合う親子」と呼べるような関係ではありませんでした。私は自分の気持ちを表に出すタイプではなかったので親からすると「何を考えているかわかりづらい子供」だったんだと思います。

ただ、介護で親と過ごす時間が増え、親に抱く自分の感情に変化がありました。
母は、「しっかり者」と言われることが多かったのですが、家の中での母は頼りなく、私に相談してくることもありました。でも、施設で「しっかり者」として振る舞う母の姿を知ったんです。認知症の診断を機に、母からよそよそしく対応されるようになりましたが、私の好きじゃない部分に対して母が素直に「嫌い」と言えたのはよかったのかもしれません。

父は、私が幼い頃は、仕事の都合でほとんど家におらず、年に1回帰宅するくらい。「知らないおじさんが泊まっている」という感覚で、父の性格をずっと知りませんでした。でも、介護を通じて、父の人柄を知ることができました。投資が好きでお金に執着があった父が、私の学費をしっかり払ってくれたことに改めて愛情を感じました。できないなりに父に向き合ったことで、少なくとも父は私を認めてくれたのではないかという手応えがあります。

振り返ってみれば、介護を経て、これまでお互いに抱いていた感情や問題がグツグツ煮えて蒸発したような気がしています。もっとやれることはあったという後悔はありますが、親子関係はどこかスッキリしたような感覚になりました。

ソファに座り笑う佐々木禎子さん
佐々木禎子さん

親の介護を経験して、みんな当たり前に年を取るということをしみじみと感じました。自分の老後について真剣に具体的に考える機会を得ることができ、最終的にお金をためておくことが子どものためになると感じたので、今から備えておきたいと思っています。

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