「頑張れ」ではなく「大丈夫さ」と

私は2004年に大阪芸術大学の教授に就任し、今は作詞を教えるゼミを開いている。19年からは福岡でも作詞講座を始めた。

作詞といっても、初心者がメロディーを意識したら出来合いの言葉のパッチワークになってしまうので、まずは思いの丈を吐き出してもらうのだ。言葉を発することが、受講者たちの救いになることを目の当たりにした。

音楽が人を救うといっても、私にマーラーやラヴェルのような曲が作れるわけがない。ならばせめて歌詞で聴き手に寄り添う曲を作れないか。若い頃はサウンドやメロディーが優先で歌詞は二の次だったが、ここに至ってほぼ初めての歌詞からの曲作りを始めた。

難産の末にできた曲が、22年3月に発表した「人生はひとつ でも一度じゃない」だ。「頑張れ」ではなく、「大丈夫さ」と繰り返す。この曲を作っている最中はがんの後で体力も落ち、「引退」の2文字が頭の中をちらついていた。だから「大丈夫さ」は自分に向けた言葉でもあったのだろう。私にとって初めてのメッセージソングで、目下の最新曲だ。

※本稿は、『大丈夫さ 私の履歴書』(日経BP 日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

【関連記事】
財津和夫×ざいつけいこ「更年期、大腸がんを経て…諦めることのよさもある」「健康で、孫といっぱい遊んでね」
財津和夫×ざいつけいこ「じぃじとして、孫は無責任に可愛いよね」「私の時は〈信頼してる〉というスタンスで、突き放されてた」
財津和夫 番組収録中に鼠径ヘルニアを発症、45周年ツアー中、大腸がんの手術を。嫌いだったバンド名「チューリップ」が、好きになってきた

大丈夫さ 私の履歴書』(著:財津和夫/日経BP 日本経済新聞出版)

「ビートルズみたいになりたい」そして、デビューから半世紀。初の自伝!

今だから、言葉にできることがある。

私の半生を辿る、心の旅へようこそ。