老人の集団としてひとくくりに

思えば末っ子で生まれ、学生のときに作ったバンドで、たまたま年長者だったからリーダーのような立場を強いられ(私はリーダー向きじゃない)、先述したように52年もバンド活動をつづけたせいで気分はずっとひとりだった。

だからなのか仲間が欲しい。真の仲間じゃなくてもいい、仲間だと私が勝手に思うだけでもいい、と高齢になった今思う。

高齢になれば個性は薄まり老人の集団としてひとくくりになる。良いことかもしれない。

青少年、中年、などと社会から呼ばれていた頃より後期高齢者と呼ばれるほうが、意外だが、社会からの愛を感じる。無力になった者たちにも名を与えてくれるからなのかも。

※本稿は、『大丈夫さ 私の履歴書』(日経BP 日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

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