そのとき、スマホが鳴った。見ると初音蘭(はつねらん)からだ。一瞬で浮かれた気持ちが萎んだ。
「来月くらいに大阪へ行こうと思うんだけど食事でもどう?」
「まだ来月の予定がわからないから、なんとも」
「だよね。はっきりした日程がわかったらメールする。……どう、そっちは?」
「相変わらずよ」
「父親の介護に引きこもりの娘の面倒を見る毎日ってことか。ふうん。お大事にね。じゃ、また連絡するから」
 通話が切れた。私はスマホを手にしたまま大きなため息をついた。 
 大学時代の旧友からの連絡は腐った苺のようだ。甘い匂いがするが中身はぐずぐずに崩れている。
 彼女とはもう会うまい。メールもやめておこう。そう思うのについ返事をしてしまうのは、彼女といた頃が私の人生で一番美しかった頃だからだ。彼女と断絶してしまうと、その思い出さえなくなってしまうような気がするからだ。
 私は大学への進学を反対されていた。女は短大で充分、と父は考えていたからだ。だが、私は懸命に頼み込み、ある条件を飲むことで進学を許可された。それは「家から通える国公立大学であること」だった。
 子供の頃から読書が好きだった私には小説家になるという密かな夢があった。文学部の日本語学科に入学した私はそこで一学年上の香川律夫(かがわりつお)と知り合った。本の話をするうち、二人とも小説家志望であることを知り、すぐに恋に落ちたのだ。
 律夫の同期だったのが初音蘭だ。当時は佐々木蘭といって小説家志望で、男には一切興味がないと公言し、新人賞の最終選考まで残ったことがあるという実力の持ち主だった。彼女はいつも堂々として、輝いていた。律夫と佐々木蘭はいつも小説作法について意見を戦わせ、私は横で黙って聞いていた。
 

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