「説教臭いことを言って悪かった。でも、忘れないでくれ。君は一人じゃない。お母さんも僕もいる。なにかあったらいつでも力になる。忘れないでくれ」
「はい。ありがとうございます。霧さんは強いんですね」
「強くなんかない。みんなと同じだ。弱くて恥ずかしい」
「だから優しいんですよ」
麻子ちゃんが顔を上げる。その笑顔を見て、優しくなんかない、と言いたくなる自分を戒めた。
「やっと笑ってくれたな。よかった。じゃあ、ここで」
駅前のロータリーで麻子ちゃんを見送った。
このことは木綿子に報告しなければならない。これ以上、彼女の心労を増やしたくはないが、娘の状態を知っておいたほうがいいだろう。スマホを取り出した。
「もしもし。今、大丈夫?」
「霧さん。こんにちは。はい。大丈夫です」
木綿子の声が弾んでいる。俺の電話を喜んでいるのか。それだけで嬉しくなる。
「今、麻子ちゃんを駅まで送っていった」
「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしてすみません」
「いや、それはいいんだ。ただ、いろいろと思い詰めてたようだ」
「思い詰めてた?」
「ああ。ずいぶん自分を責めてた。でも、別れるときは笑ってたからもう大丈夫だと思うよ」
「そうですか。なにからなにまでありがとうございます。本当に霧さんには感謝してます」
「御礼なんていいよ。次、いつ会えますか」
「来週の水曜日、父が検査入院するんです。だから、夜まで空いてます」
「夜まで? じゃあ、ゆっくりできるね。ちょっといい店で食事をしながら話そう」
「楽しみです」
「僕も楽しみだ」
スマホをポケットに突っ込み、しばらくその場所に佇んでいた。やった、と小さくガッツポーズをする。
ずっと思っていた。雨彦(あめひこ)の背中を夢に見るのは、彼を止めるためなのか、それとも彼に続くためなのか、と。
悪いな、雨彦。俺はまだそっちへは行けない。木綿子に看取られて死ぬまでは、そっちへ行けないんだ。
