夕食を終え、私は霧の半纏に話しかけた。
「ねえ、霧さん。私の父が霧さんに酷いことを言ったとき、本当に腹が立った。一瞬だけど本気でこう思った。……死んでくれたらいいのに、って。そう、いっそ殺してしまおうか、って思ったくらい」
 家庭内殺人を行う人間の気持ちがよくわかった。加害者も被害者も憎む者も憎まれる者も一つ屋根の下に住んで、たとえどこかへ出かけようと必ず帰って来るのだ。自分の心と身体を守るためには殺すしかない、と考えてもおかしくないほどに追い詰められる。
 手を伸ばして霧の半纏に触れた。柔らかいけれど張りのある生地は木綿。つまり私の名だ。
「止めてくれたのは霧さんだった。穏やかに、でも毅然と私を諫めてくれた。私が犯罪者にならなかったのは霧さんのおかげ。そして他にも……」
 私は指先でそっと半纏をなぞった。
 夜は更けてずいぶん冷え込んできた。瀬良からもらった蓬命酒を青いぐい呑みに注ぎ、一息であおる。甘い蓬の匂い。かあっと身体が熱くなる。
 あの夜の天国と地獄が甦る。私は二度と忘れたくない。身体の奥深くに留めておきたい。何度でも蓬の熱で中から焼いて欲しいのだ。
 

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