新しい世界に飛び込んでみたい

さて、時間をちょっと巻き戻す。光は2年生の頃からスイミング教室とピアノ教室に通っていた。4年生になり両方を止め、近所の進学塾に通い始めた。日能研とかサピックスとかの大手ではない。一クラス6名のこぢんまりした塾だった。

塾に通う中で、妻は光に本格的に中学受験を目指そうかと話を振った。このままでは、今の小学校の仲間たちと一緒に地元中学校に上がることになる。確かにいい友だちばかりではあるが、光は今の学校生活に行き詰まりのような心苦しさを抱えていた。光は「中学受験する」ときっぱり言った。新しい世界に飛び込んでみたいという気持ちだったらしい。

塾もときどき休んだりしたが、なんとか続けた。本格的な進学塾ではなかったので、授業中におしゃべりする生徒がいる。光はうるさくてがまんできず、泣きながら帰ってきたことも数えきれない。それでも日曜日は、模擬試験にがんばって出かけた。成績はわりあい優秀で、千葉県の「私立御三家」と呼ばれる中高一貫校を受けることにした。

入学試験が近づいていた。私は何も分かっていなかったが、妻は光が性同一性障害(性別違和)と気づいていた。そして、そういう子が中学校に入れば大きな問題を抱えることを妻は知っていた。

※本稿は、『性別違和に生まれて-父と子で綴った23年』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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性別違和に生まれて-父と子で綴った23年』(著:松永正訓/中央公論新社)

わが子が性別違和を訴えた。

いきなり学ランを着て学校に行くということに、私の意識は追いつかなかった。

互いの思いを答え合わせのように綴り合い、実子が自分らしさを取り戻すまでの23年間を描いた渾身のルポルタージュ。