パニック
「明日、学校、どうする? 行ける?」と尋ねると、光は「大丈夫」と小声で言う。翌日、いつものように最寄り駅まで妻が車で送り、光は電車に乗って学校に向かった。そして2週間が経った。私が仕事から戻ると光が居間で泣いていた。ソファに座った光に妻が寄り添っていた。
「もうムリ。学校、行けない」
「どうした? しんどいか?」
「電車に乗ると胸がドキドキする。息が苦しくなって、喉が詰まったような感じになる」
「……ほかには?」
「吐きそうになる。体が熱くなって汗がいっぱい出る。めまいもするし、フラフラして立っているのがムリ」
「そんなにか」
「なんかね、現実なのかどうか分からなくなる。何が何だか分からない。すごく怖いよ」
「……」
そのとき、妻が口を開いた。
「パニック障害じゃないかしら?」
「パニック障害? なるほど、そうかもしれない。どうすればいいかな。父さん、ちょっと考えるから明日から学校は休みなさい」
「ごめんなさい」
そう言って光は大きな声で泣いた。妻が光を抱きしめていた。
※本稿は、『性別違和に生まれて-父と子で綴った23年』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『性別違和に生まれて-父と子で綴った23年』(著:松永正訓/中央公論新社)
わが子が性別違和を訴えた。
いきなり学ランを着て学校に行くということに、私の意識は追いつかなかった。
互いの思いを答え合わせのように綴り合い、実子が自分らしさを取り戻すまでの23年間を描いた渾身のルポルタージュ。





