(左)林家ペー (右)林家パー子
(C)五十嵐美弥/小学館
ギター漫談師・林家ペーさんは、御年84歳。1964年に初代林家三平に入門し、愛妻・林家パー子さんとともに、コンビ「林家ペー・パー子」として全身ピンクの衣装に身を包み、したたかにたくましく芸能界を生き延びてきました。そこで今回は、ぺーさん初の語り下ろし『ヨレヨレ人生漫談』より一部を抜粋し、波瀾万丈な人生をお届けします。

とうとう三平の弟子になった!

僕にとって「芸能人になる」ということは林家三平の弟子になることで、それ以外は考えたことがないの。もう、テレビで三平を見てからずっとそればかり考えていたんだから、今思えば異常? どうしたら三平の弟子になれるか、ずいぶん考えたわよ。いきなり弟子入りに行っても断られるに決まっている。そりゃそうよ。売れている芸人のところには毎日のように「弟子になりたい」って夢見る素人が来るんだから。

それで僕は作戦を立てたの。高校を卒業して大阪と東京を行ったり来たりしていて、その時、すでに22才。いよいよ自分のやりたいことをやらないとダメだって、切羽詰まっていたんだね。

毎日、自分なりに作ったコントをハガキに書いて、三平の家のポストに入れたの。郵便局からじゃなくて、直接持って行ったというのがミソね。ハガキを書くのもアパートじゃなくて、三平の家の近くの喫茶店。だからどうってことはないけど、三平宅がある台東区根岸の町の空気に馴染んでおこうって思って。

えっ、ストーカー? 何言ってるの。当時は有名人の住所が週刊誌の『明星』や『平凡』にズラっと載っていたんだから。今じゃ考えられないけどね。