ピンクのペー・パー子

ここまでピンク一辺倒にしたら、世間からも「ピンクのペー・パー子」と認知されるようになって、思えばこれってものすごいことよね。テレビの出演オファーもどんどん入ってきて、営業も増えてね。「売れてる」とまではいかないけど、中堅タレントとしていい感じで仕事が入ってきだしたの。

でも、じゃあ、いいことずくめかといえば、人間、贅沢なものでね。それなりの悩みが付いてくるのよ。その1つが当時の僕は50代、今思えば若いんだけど、それでも内心、いい年したおっさんが何やってんだろうってね。それを思うとすごく恥ずかしくなるのよ。その感覚は今でもどこかに残っているわよ。それをパー子は「素人くさい」って怒るんだけどね。

もう1つは、「困った」というには贅沢すぎてバチが当たりそうなことなんだけど、やたらとピンクのもらい物が増えたのよ。それで初めてわかったことなんだけど、人によってピンクの認識がものすごく違うのね。赤に近いピンクから青みの入ったピンク。グレーっぽいピンク、もっといろんなピンクがあるんだけど、ぺー・パー子のピンクは鮮やかなピンク。

といっても、この「鮮やか」の見え方が人それぞれだから、いただいた以上は文句は言えないけれど「えええ~!」とひっくり返りそうなことも何度か。いやいや基本、うちごときにプレゼントをしてくださるだけで、すごくありがたいんですけどね。

※本稿は、『ヨレヨレ人生漫談』(小学館)の一部を再編集したものです。

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