AIに心はあるか

私たち人間も、ことばを紡いだり、イラストを描いたり、作曲をする瞬間には、直感的に同じような関係性演算をしている(そもそも、人間の直感的な知の演算の一部を模倣してるんだから、当たり前)。ただし、扱っているパーツの質が違う。

AIが扱うことばは、記号にしか過ぎない。人がそのことばに触れたときの体感、そのことばが想起させる記憶の中にある情感、それらが引き起こす思いや気分は、特に言語化されていない限りAIが扱うパーツには付帯していないのである。

『AIのトリセツ』(著:黒川伊保子/扶桑社)

私たちは、ことばの関係性をたぐって、ことばを紡ぐとき、記憶の体感をなぞらえて、情感も紡ぐ。AIは、ただ、記号としてことばを紡ぐだけである。実のところ、文法さえも理解していない。文章の意味なんて、一切理解していないのである。ご主人さまのことばに、ただ反応して、可能性をどこまでも広げているだけ。

つまり、AIには心もなければ、志もない。

それでも、AIの文章には情感が匂い立つ。まるで、心があるように感じるはずだ。それは、そもそもの人間のことばやその関係性の中に情感が内在しているからである。受け手の脳が、与えられたことばに自らの情感を付帯して解釈するので、文脈によって、それが匂い立つのである。