SNSは寄り添ってくれるけど、心理的安全性は保障できない
最近では、SNSに投げこんで、たくさんの人の反応をもらうという手もある。スレッズには、その成功例がいくつも見られる。今朝は、茶色いシミが付いた赤ちゃんの手のひらの写真に、こんなふうなメッセージが添えられていた。「一日中一緒にいた8か月の子どもの手のひらが、いつの間にか、こんなふうになっていました。拭いても取れません。もしかして、知らないうちにコンセントで感電して火傷させちゃった? 不安でたまりません」
すぐに「カメムシを握りつぶしちゃったのでは?」「妹の足に似たようなシミができたことがあって、母親が医者に連れて行ったら、カメムシ皮膚炎と言われた」の情報が寄せられ、「たしかにカメムシの匂いがします、カメムシですね!」と投稿主が返事をしていた。
こんな相談もあった。――小4の息子が、食事中なにげなく「友だちとも思ってないんだけどさ、ときどきズボンを脱がされる同級生がいる」と言った。親としては見過ごすことができないので、先生に言おうと思うのだけど、息子がいい顔をしない。以前、別のことで先生に言ったら、その同級生に「なにチクりよんか。ビビり野郎が」と言われたことがあったらしい。私はどう対応するのが正解なのかな――。
この相談には、「チクったけど、それが何か?」と思える強さを身に付けてほしい、とのメッセージが寄せられていた。チクることは悪いことじゃない、自分を守る術を身に付けよう、と。たしかにこれ! と私は膝を打った。「ビビり野郎が」に「チクったけど、それが何? ビビってんの、そっちだろ」って返せたら、めちゃカッコイイ。もちろん、身の安全のため口にしなくてもいいけど、心の中でクールに言い放ってほしい。
「**市で、子どもの靴を片方なくした」という靴の写真に、「その靴、西松屋**店の駐車場で見つけたので、車に轢かれないようにある場所に置きました。ダイレクトメールで写真送ります」と返され、「それです! 取りに行きます!」となるようなケースも何度か見かけた。
「私はこうしようと思うんだけど、それでいいよね?」という問いかけにも、温かなYESや、たしかにそれは注意しなきゃいけない点だよねと納得するNOが届く。ほとんどの場合、投稿主は背中を押されて、注意点に配慮しながら、自分の道を行ける。
今や、SNSは、子育て応援隊なのね。35年前に子育てした私たちの世代は、夫の育児参加はほとんどないワンオペママが大半で、社会から孤立してしまうのが常だった。真夜中でも、何千という人が見てくれて反応してくれて、「この世界にたったひとり」という、あの絶望感を味わわないで済むなんて、本当にいいことだと思う。
とはいえ、「パッと投げ込んで、パパッと応える文化」なので、緊急事態やYES/NO案件のようなピンポイント相談には向くけど、子育ての悩みをじっくり相談する相手ではない。1対1の対話がリニアに成立しない文脈なので、どうしても断片的な理解になるし、SNSの性質上、手痛い批判は避けられないからだ。「そもそも親が悪いだろ。こんな人が親になっちゃだめだよな」みたいなことを平気で投げ込む人がいる。きっと、親になったことがないか、自分の子が育てやすかったんだろう。言うことを聞く子とそうでない子の違いは、脳神経信号の反射反応の違い(個性)であって、親のオペレーションのせいではないのに。
世間(SNS)はピンポイントで頼りになるけど、心理的安全性は保障できない。
