このまま何もできないのではないかと焦りを感じていた頃、顔を出した研究会で、恩師の村川堅太郎先生に再会しました。
先生は、「古典の翻訳をしてみませんか? 家にいてもできると思いますよ」と勧めてくれたのです。私は、その言葉に心を強く動かされました。意味のある仕事ができるかもしれないと思ったのです。
手に取ったのは、1916年ハーバード大学出版会刊の古典叢書ロウブ版『植物誌』で、当時唯一の現代語訳でした。
残念ながら、テオプラストスが手書きしたパピルスの巻物は現存していません。修道士が勤労の一環として書き写したものが、15世紀以降に印刷された冊子となり、19世紀の校訂本を経てロウブ版まで読み継がれてきたのです。
希英大辞典とロウブ版、植物学の本と植物図鑑を傍らに、少しずつ読み進めてみると、これは理論的な植物学書であるだけではなく、農学、林学、園芸学、本草学など植物に関する応用学を網羅した本だとわかりました。歴史研究のためにも訳すべき本だと強く思ったのです。
菌類研究者だった夫に相談すると、「これを和訳すれば、農学関係にも読みたい人がたくさんいると思うよ」と背中を押してくれました。こうして私は、『植物誌』の和訳に取り組むことに。30代初めの頃でした。