夫や子どもが出かけている日中か、寝静まった夜、家事の合間にテオプラストスに向き合う日々。子どもの手が離れてからは、週に一度だけ、非常勤講師として大学で西洋史を教える生活でした。
翻訳をしはじめて十数年。88年に、なんとか訳し終えました。ところが、その年に、本邦初訳として『テオフラストス植物誌』が刊行されたのです。それを知った時は、本当に絶望しました。もう私の翻訳本の出版は諦めるしかないと思ったものです。
数年後、夫の転勤で、15年暮らした茨城県つくば市から京都へ移り、京都大学の研究会に参加するようになりました。
そこで出会った西洋史の先生に近況を尋ねられ、『植物誌』の翻訳を断念したことをお話しすると、原稿を見てくださり、「すでに出た和訳に残されている課題を見直せば、新たに出す意味は十分にある」、さらに、「20年も経てば、新訳を出してもいいのですよ」と励ましてくださった。
私は勇気づけられ、もう一度取り組む決心をしました。ありがたいことに先生方は、所属先のない私が京都大学の図書館の蔵書を閲覧できるように計らってくださったのでした。
さらに幸運は重なり、当時は環境問題への関心の高まりを背景に、欧米でテオプラストスが再評価され、関連する文献が相次いで発表されはじめていました。
フランス語訳と詳細な註釈付き校訂本(1998~2006)の刊行もはじまり、こうした文献を手がかりに英仏語、ラテン語の訳本を読み比べ、一つひとつ確かめながら註釈を付けて、訳し直す作業をはじめたのでした。
