私の中に戻ったへその緒は大切なお守りに
母の性格は絶縁前と変わらないが、思い通りに振る舞える自分になれたことで、遅れた反抗期は終了。久々に訪れた実家で、母は息子に絵本を読み聞かせる。ドラマチックに抑揚をつけながら、全力でストーリーを追う姿を見て、自分の幼少期を思い返した。恨んだ母も本物だったけれど、この母もやっぱり本物だったのだ。オセロは白でも黒でもなく、最初からオセロですらなかった。
世間的には、「親に感謝すべし」という考え方が一般的だろう。もちろん感謝するに越したことはないが、感情の一つである以上、コントロールするのは難しい。「親だから愛さなきゃ」と操作を試みても、内側を変えることはできない。自分の汚い部分を直視すること、たとえ親であっても無理に許そうとしないこと、“いい子”の自分を守らなくても構わないこと。負の感情を受け入れると、周囲の評価を気にすることも減り、格段に生きやすくなる。
この経験は、愛したいのに愛せない苦しみも愛の形にほかならない、と教えてくれた。今後息子が私を憎むことがあれば、「それでこそ一人前!」と、エールを送りたい。見えない子宮からの脱出は、本来の自分に生まれ直すための有効な手段だ。無意識下で母を最優先にして生きてきた私は、自分自身を第一に考えられるようになり、ここまで導いてくれた両親に、今まで以上に感謝している。
ヘソの緒がちぎれてからが本当の親子関係の始まりで、それはどちらかが死んでも終わることのない、愛憎に満ちたかけがえのないものである。私のヘソの緒は、ちぎれた後、再び私の中に戻った。それは何度も濾過されて限りなく純度の高まった私だけの母が、腹の中から温かく照らしてくれるような、大切なお守りだ。