佐津川愛美
デビュー当時14歳の佐津川愛美さん(写真:『今日も、自分を生きる練習』より)
映画『蝉しぐれ』(「蝉」は正しくは旧字)でスクリーンデビュー以来、20年にわたり数々の作品で印象的な役を演じてきた俳優・佐津川愛美さん。2025年には『映画と仲間filty』を設立し、映画の現場の魅力をより多くの人に届ける活動にも取り組んでいます。そこで今回は佐津川さんの初エッセイ『今日も、自分を生きる練習』より一部を抜粋し、佐津川さんが「自分自身の輪郭を見つめ直した軌跡」をお届けします。

14歳で出会った監督

「監督がずっと持っていたものだから。これね。愛美さんにお見せしようと思って出しておいたの」

監督の家にうかがった。私をスカウトしてくれた事務所の人と共に。奥様と奥様のお兄様が出迎えてくれた。

テーブルの上には、14歳の私の写真が置いてあった。びっくりした。新人すぎて、プロに撮ってもらった宣材写真でもなく、母が自宅で撮った、ただの写真。きっとオーディション用に当時のマネージャーさんが渡していたのだろう。監督がその写真をずっと持っていたなんて、全く知らなかった。

14歳でスカウトしてもらい、チャンスがあるならばと事務所に所属し、一番最初の大きな仕事は映画だった。お芝居をしたこともない本当の新人を、「目がいい」という理由で選んでくれたのは私の映画デビュー作となった時代劇「蝉しぐれ」の黒土三男監督だった。

当時、地元の静岡に住んでいた中学生の私は、監督と会うため東京に呼ばれた。事務所の人に連れられ、高そうなホテルのラウンジで監督とプロデューサーと面談をした。

修学旅行ではどこのお寺に行ったのかと聞かれたけれど、しっかり覚えていなくて、曖昧な回答をしてしまったということだけ覚えている。

終わって監督とプロデューサーと別れたあと、すぐに連絡がきて、採用となった報告をもらった。

私の人生の中で一番のターニングポイント。

これがどれだけすごいことなのか、今でこそわかるけれど、当時の私には全く実感が湧いていなかった。

日本の美しい四季を撮るということで、撮影期間は長期にわたった。

クランクインした秋には1日だけ、冬には数日、メインとなる夏に一番長く撮影をした。

作品の規模も大きく、監督のこだわりも多く、とにかく贅沢な映画だった。まだフィルムの時代だった。